田舎行かない?

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【景観】浜名湖フライトパーク第2テイクオフ(離陸場)

何気なく林道を走っていたら突然視界が開けました。何事かと車を停めてみたら、そこは『浜名湖フライトパーク第2テイクオフ(離陸場)』でした。こちらは『浜名湖パラグライダースクール』のフライトエリアであり、パイロットではなくても見学することができます。


【景観】浜名湖フライトパーク

標高300mとそれほど高くなく、至る道も狭いながらも車でお手軽に行くことができます。残念ながら訪れた時にはパラグライダーはおらず、彼らが空へ飛び出す姿を見ることは叶いませんでした。それでも誰もいない静かな場所で沈む太陽を眺めることができ、これはこれで乙な時間でありました。

ここから100mほど登った場所に『浜名湖フライトパーク第1テイクオフ(離陸場)』があります。行くのは大変ですが、更に高所からの展望はさぞ美しいことでしょう。

【ドライブ】林道で救急車と離合

静岡県浜松市北区引佐町にある標高433mの尉ヶ峰(じょうがみね)は低いながらも浜名湖が一望でき、気楽に登れる山としてハイキングを楽しむ人もいます。

そんな尉ヶ峰の山肌を縫うように走る林道で離合することとなりました。坂道ですれ違う時は登りが優先だとか待避所に近い方が道を譲るなどの慣例があるようですけど、相手が救急車となれば話は別です。日々過酷な仕事をこなされている救急隊の皆様のお手を煩わせる訳にはいきません。ということで私めがどきました。


【ドライブ】林道で救急車と離合

すれ違い様に救急隊員様から会釈を頂きました。何故こんな所にいるのかという疑問を抱きつつも、去っていく後ろ姿を見送りました。

【ドライブ】深夜の県道で野生動物に煽り運転

静岡県道360号は静岡県浜松市天竜区の渡ヶ島と横山町を繋いでいます。その対岸、天竜川左岸には片側一車線が確保された国道152号が通っており、多くの人はこちらを走ることでしょう。

県道360号は見通しが悪い上に離合困難区間もあり、沿道の住民が利用する程度だと思われます。山際で交通量も少ないため、野生動物が多数出没しています。人気はないと油断した彼らが車に轢かれないように、僅かながらの田畑を荒らすことのないように見回りに行ってきました。


【ドライブ】深夜の県道で野生動物に煽り運転

結果、野生動物との遭遇は合計915頭でした。車は時速20~30kmで走り、動物の飛び出しを警戒していたつもりなのにヒヤリとする場面もありました。ただ、それ以上に彼らをヒヤリとさせることができたと思います。車との接触によって怪我をしたり死んでしまう野生動物が少しでも減ってくれたら幸いです。また、夜にも活動する動物にとっては急な車のヘッドライトは強烈です。動画の鹿のように眩しさに驚いて立ち止まる動物のみならず、中には混乱して光の方へ突っ込むことも。車が低速なら大きな動物に怪我はないでしょうけど、車は修理も有り得ます。野生動物との接触事故が減れば車が傷ついたり人間が怪我をすることも減って双方良いこと尽くめ。

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【ドライブ】満月の夜に月巡り

2020年10月31日は10月2度目の満月『ブルームーン』でした。だからというか何というか、満月の夜に月へ行ったら何か起きるかなという浅はか極まりない動機で出掛けました。

静岡県浜松市天竜区月は浜松市街地から車でおよそ1時間。船明ダム湖やボート、そして『月まで3km』の案内標識でちょっと有名。何度か訪れた限りでは、ボートの季節以外は静かな集落という印象です。

令和2年10月1日現在、月は46世帯82人が住んでいます。住所は月な人がそんなにいるのです。

「今どこに住んでんの?」

「月」

「あっ…」

なんて反応をする人の方が間違っているのです。私も将来月に住んでみたい。星の方の。 


【ドライブ】満月の夜に月巡り

そんな月へ行ってきました。

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【遺構】本田宗一郎ゆかりの地と船明隧道【旧国鉄佐久間線(仮称)】

船明隧道は昭和42(1967)年に着工、昭和46年竣工の全長918m、約0.6%の北上がりの勾配を持つ鉄道トンネルです。佐久間線の工事中止が決定してからは浜松市(当時は天竜市)の管理下にあります。

2009年3月に気象庁気象研究所が船明トンネル内にレーザー式変位計を設置して、日々の地殻変動を検出しています。当時の坑口は鉄柵で閉じられていただけで風が吹き抜ける状態でした。それによる坑内の温度変化が歪みの観測に影響を与えることが判明しましたため、動画の通り鉄柵にプラスチック板を、その奥には遮蔽幕を取り付けて坑内の温度を一定に保っています。 


【遺構】本田宗一郎ゆかりの地と船明隧道【旧国鉄佐久間線(仮称)】

動画冒頭では船明小学校跡を訪れています。こちらは明治6(1873)年に二俣学校船明分校として開校、昭和43(1968)年に閉校にしました。跡地には『ここは本田宗一郎ゆかりの地です』とありますが、彼の出身校は二俣尋常高等小学校です。生家はここから数百メートルの位置なので確かにゆかりはありました。

ここから世界のホンダが始まったのかと感慨に耽っていました。途中で出てきたホンダのロゴは私物です。ブランド力や販売力を抜きにした純粋な車の出来はホンダが日本一だと信じております。

ちなみに、船明隧道の北口は道路の下、ロープを使わないと辿り着けないそうなので行ってません。

【自然環境音】音街ウナと杉の音【防災行政無線チャイム】

静岡県浜松市天竜区春野町杉の廃校で聞く夕方5時の防災行政無線チャイムの音です。夕方のチャイムと言えば『赤とんぼ』や『ふるさと』が有名どころ。しかし、ここでは今までに聞いたことのない音楽が流れていました。


【自然環境音】音街ウナと杉の音【防災行政無線チャイム】

MMDでは音街ウナが3体登場しています。メガネをかけた大きなモデル『音街ウナ TalkEx』を小学校高学年のお姉さん、小さなモデル『ぷちウナ』2人が低学年のヤンチャ盛りのような設定で使っています。

『音街ウナ TalkEx』が見守る中で『ぷちウナ』2人が小競り合いをしています。そんな中で流れてきた町内放送。親との約束なのか見たいテレビ番組でもあるのか、お姉さんが全力で走りだします。途中、ヤンチャ盛り2人に「おうち帰るよ」と言い残して去っていく。すると喧嘩していた小さな2人も一緒になってお姉さんの後をついていく。

そんな光景がこの廃校でもあったのかな、なんてことを想像していました。

【遺構】山王隧道【旧国鉄佐久間線(仮称)】


【遺構】山王隧道【旧国鉄佐久間線】

昭和25(1950)年に『国土総合開発法』なるものが制定されました。これは地域間の格差拡大や大都市集中、地方の過疎化や社会資本の整備を目的に作られた法律です。

国土形成計画法 - Wikipedia

こうして見ると、日本は今も昔も同じような課題に悩まされていることが分かります。それはさておき、この法律に基づいて天竜東三河地域、今でいう浜松市天竜区が特定地域に指定されました。つまり、国が「この辺り開発しよっかなー」という候補に入れた訳です。ダムだの用水だの道路だの鉄道だの色々造りたい浜松市はここぞとばかりに関係当局に陳情しました。

その甲斐あって昭和27(1952)年に佐久間ダムと秋葉ダムの建設が決定しました。これに伴い、佐久間ダムに沈むことになる飯田線の付替が検討されます。案として示されたのは2つ。1つは上市場駅から北へ、現在の愛知県東栄町豊根村を通って大嵐駅に合流する進路、そしてもう1つが佐久間駅からトンネルを掘って相月へ抜け、水窪を経由したらまたトンネル掘って大嵐駅へ戻る現在の進路。浜松市静岡県も巻き込んで付替路線を静岡県側へ敷設しようと陳情を続けました。

結果は周知の通り、昭和28(1953)年見事に新たな鉄道路線を得ることができたのです。長いトンネル掘削を要する区間でありながら昭和30(1955)年には開通したのだから、当時の人々には頭が下がります。

この付替路線に関しては以前にも触れたことがあるのでペタリ。 

hitokemu.hatenablog.comまだまだ欲しい浜松市静岡県と共に現在の天竜二俣駅から中部天竜駅を結ぶ約32kmの佐久間線敷設を国に陳情を続けます。その努力が実ったのは昭和39(1964)年のこと。ついに佐久間線の着工が決まりました。

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『浜松商工会議所六十年史』より

こちらがその予定区間。完成すれば浜松市を縦断して長野県まで、遠州と信州を繋ぐ遠信鉄道構想が実現するはずでした。

またしてもご承知の通り、国鉄民営化や自動車の普及により、佐久間線は未成線のまま昭和56(1981)年に工事が凍結、昭和63(1987)年に建設中止となりました。

結局、遠信鉄道構想は夢で終わりました。ただ、現在の天竜二俣駅から横山までのうち7割の工事を終えています。割と遺構はあるのです。

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