田舎行かない?

人気の無い所が好きな管理人が田舎に行きたい度を高めていくブログ

【田舎の車窓から】沿道のキャンプ場が走行をオススメしない道

静岡県掛川市掛川駅から車で1時間の山の中に『炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場』があります。携帯の電波が届かないことから『デジタルデトックス』できる、日々の喧騒を忘れられる、ちょっとお高めなのでマナーの悪い人が少ないなどの理由で人気の大人のキャンプ場です。静けさを楽しむという点にはとても共感できます。

ただし、山奥過ぎて道路事情が頗る悪いらしい。沿道にあるキャンプ場が公式サイトで「キャンプ場へ行くにはオススメしません」と警告するほどです。そこまで言うなら行ってみよう。


【田舎の車窓から】沿道のキャンプ場が走行をオススメしない道

『炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場』は12月から翌年2月までの3ヵ月は冬季休業中です。ということは訪れる人もいない。ということは細い道で離合の可能性が減る。ということで昨年12月の撮影です。

始点は『森町亀久保簡易郵便局』から。簡易郵便局があったらもう、田舎です。少し行くと見える分岐を嵯塚方面へ。嵯塚は知る人ぞ知る『天方小学校嵯塚分校』がある地区でもあります。

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橋を潜った辺りでもう険道臭がプンプンしました。たまに未舗装路があったり路面凍結していたりで警告通りの走り難い道が続きます。今回はキャンプ場の冬季休業期間だったから良かったものの、営業中や繫忙期には対向車とすれ違えずに泣きながらバックすることになるかもと想像するとゾッとします。

グーグルマップで掛川駅から『炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場』への道を検索すると今回の「オススメしない道」が第一候補に挙がっています。これは危ない。1時間7分のルートこそ公式サイトが推奨する道です。実際通ってはいませんが、ストリートビューを見た限りでは確かにこちらの方がマシではあると思います。

【廃墟】客室が樽なたるの宿

とある山の中で木々に埋もれた廃屋がありました。

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現場ではこんな感じで自画自賛したものの、後で調べてみたら某廃墟マップに載ってるくらいの有名所でした。


【廃墟】客室が樽なたるの宿

さて、動画にもある通り廃屋の入口には『たるの宿』と書いてありました。ただ、かつて訪れた人の記録によれば、看板には『旅館たるの家』とも。

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色々料理を提供していたようです。残されていた領収証によれば宿泊や宴会などで多くの人を集めていました。客は車を停めるのも一苦労してそうな山の中によくぞ集まったものです。

入口に流し、広間の近くにカウンターがありました。いずれも多くの料理を作るにはいささか手狭な気もします。

受付や広間のさらに奥、屋根付きの屋外廊下を下った先には大きな樽が3つありました。

hitokemu.hatenablog.com以前の記事で北海道幌加内町にある『チロリン村』について取り上げました。ここは最早ボロさを売りにしたような宿。乗るためのバスが客室だったり釜や鍋がバスだったり。そんな所にあったのが味噌ダルの客室。バスだろうと樽だろうと人が入れるなら部屋なのです。

「樽を部屋にしてしまえ」は全国共通の発想なのだと再認識しました。そう、この『たるの宿』も大きな樽を客室として利用していたのです。宿入口で『たるの』という文字を見た時はどんな意味かと思ってました。なるほど、こういうことかと納得です。猫じゃないけど、私も暗くて狭い場所は好きなので樽の客室はアリ。何なら泊まってみたかった。

【ゆるキャン△】久野脇橋(恋金橋・塩郷の吊橋)

べ、別に『ゆるキャン△』に登場してたから行ったわけじゃないんだからねっ!

最近気が付いたのです。浜松市街地からは浜松市天竜区水窪よりも川根本町の方が近いことに。『ゆるキャン△』では志摩リンや各務原なでしこ父、土岐綾乃らが揃って「静岡県を横断する高速道路や国道1号を走るのがしんどい」という趣旨の発言をします。分かります。分かりますけど浜松市を縦断する国道152号よりは幾らかマシな気がしてます。


【川根本町】久野脇橋(恋金橋・塩郷の吊橋)

ということで川根本町の久野脇橋(恋金橋・塩郷の吊橋)を訪ねました。名前が色々あって何が何やら。正式には久野脇(くのわき)橋、一般には塩郷(しおごう)の吊橋、平成14(2002)年の公募で決まった愛称が恋金(こいがね)橋というようです。

久野脇橋は全長220mと大井川に架かる吊橋の中で最長で歩き応えがあります。橋の高さが10mと低いのですぐ足元に民家、道路、線路、大井川を眺めながら歩ける非日常感も。時間によっては大井川鉄道のSLやきかんしゃトーマスも拝めます。不幸にもこの時は静岡県を挟んだ両隣の県が緊急事態宣言中につきSLは運休していました。いつか吐き出される蒸気まみれになってみたい。

観光地なので順番待ちも有り得ると思いきや意外にも人気無し。その代わり、大井川の河原で作業中のショベルカーの音がちょっと気になってしまいました。でも彼らによる治水対策のお陰で流域住民の安全が保たれてるのです。ほぼ感謝しかありません。僅かに残念でしたけども、大体感謝のみ。

歩いてみた感触としては木板に角度がついていること、それを支えているのが角材と鉄線であることから非常に踏み込み辛く、足音も軽いものとなりました。そう、足場が不安定なほど歩くのは楽しくて、足場が安定してるほど良い音がする。ジレンマです。

 

ゆるキャン△』にもある通り大井川には多くの吊橋が架かっています。もう少し東の安倍川にも良い(危ない)橋があるのでまた行きたい所です。

【廃校】S小学校と明治時代初期の教師の月給

とある山奥の廃校へ行ってきました。明治7(1874)年開校、昭和49(1974)年統合、昭和53(1978)年に新校舎へ移転、平成25(2013)年閉校。こちらが正確で、動画では学校の沿革について簡略化してます。児童総数は明治15年時には83名、記録にある中で最も多い時には189名、統合時は93名、閉校時は8名でした。この建物は昭和53年まで使われていた旧校舎になります。


【廃校】S小学校の木造〇×△

旧校舎というとお化けや七不思議など霊的な香りがします。子供の頃は遊び場として裏山とか旧校舎があったらいいなとは思ってました。大人になってそこへ行くというのは何やら不思議な気分です。 

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校舎の入口に『鈴木博三郎先生之碑』があります。調べてみてもこの方がどんな人かは分かりませんでした。ただ、この学校に最初に赴任した教員の記録はありました。安芸広島出身の元医者『林文斎』さんです。明治7年の開校当時63歳と今ならもう定年退職している年齢でした。明治15年に小学校教員免許の資格が出来るまでは、今でいう教育委員会の推挙によって教員が決められていました。

『林文斎』さんの月俸は4円で現在の価値に直すと約105,000円。明治8年の給与所得者の平均年収の1/3でした。なんせ明治5年に学制が公布されたばかりです。教員は新しい職業であり、どれほど重要な仕事なのか、どれくらいの給料が適正なのか定かでなかった時代なので仕方ないことです。

動画では暗くて見え辛かったので補足しますと昇降口、現在の玄関を開けたら16畳一間。ソファや暖房器具、その奥には冷蔵庫や流しなどがありました。隣に綺麗な公民館があっても地域住民が旧校舎を利用していたことが窺えます。

そこを通り抜けると間仕切りがなく、舞台を備えた大きな広間に出ました。ここは旧校舎だと思っていましたが、実際には体育館だったのかも。この小学校は最盛期には189名の児童が通っていました。全員参加の式典や雨の日の朝礼などを行う際にはこの大きな広間ですら手狭だったと想像できます。

学校の沿革によると「昭和23(1948)年に3教室分の校舎増築、昭和24(1949)年に給食室完成、昭和33(1958)年に西側校舎の屋根を瓦葺に改装」とあります。動画の建物以外にも幾つかあったことは確かです。それは1978年頃の衛星写真でも確認できます。教室や給食室が取り壊される中、ココだけは利用価値があると判断されたのでしょう。現実に新校舎へ移転してから43年経ってもまだお囃子の稽古や集会などに使われているわけですから。

そう、学校だったのは43年も前のことです。そのため学校らしい物は少数に留まりました。かつての校章や音楽室の黒板、児童が描いた絵や学校関係者一覧など。ちょっと残念でしたけど、その代わりに閉校後もこの場所で地域住民の営みがあること強く感じられました。

玄関開けたら見知った顔ばかりの憩いの間。大広間では祭りやお囃子に向けて子供や男達が大きな音と汗を出す。それを終えるとお母さん達が作ってくれた料理を囲み、ビールやアイスも加えて皆で楽しむ。太陽光の差し込む窓を開け放てば爽やかな風が通り抜ける。疲れた体に心地良く、縁側で、あるいは舞台上で、時には床上でうたた寝をしてしまう。

そんな賑やかで和やかで穏やかな時間があったのではないかと想像してしまいます。現在は過疎と高齢化により往年の姿は見られませんが、これからも人々の営みが続いていくことを願わずにはいられません。

【新城市議会議員】川田ふれ愛ヤギランド

個人的にヤギブーム到来中なんで愛知県新城市にある『川田ふれ愛ヤギランド』へ行ってきました。ここは元々『山田たつやヤギランド』といいました。(多分)所有者の『山田たつや』さんは現在新城市議会議員です。「選挙のためにヤギを使って名前を売るとはとんでもない」みたいな声が挙がったそうで、結果今のようになったんだとか。


【愛知】川田ふれ愛ヤギランド【新城】

こちらは入場無料の施設です。草や野菜が常備されており、訪問者が自由に餌を与えることができます。ただし、いくらヤギが餌を食べているところが可愛いからといっても与え過ぎには注意です。訪問者が来る度に大量の餌を与えていたらヤギ達は体調を崩してしまうんで。

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入場無料で餌を集めるのは大変そうです。ヤギのレンタルや販売が収入源となっているようです。レンタルは1頭1週間1万円から。高いのか安いのか、相場がちょっと分かりません。施設からの距離が遠ければ運送代が加算されていきます。

販売は子ヤギのメスが4万円、オスが3万円から。ヤギを扱う牧場のHPを幾つか見た限りでは平均的かそれ以下な価格のようです。繁殖も搾乳もできて気性が大人しいメスの方がお高い。

私が訪れた時には8頭のヤギがいました。中でも気になったのが『めい』と『かんた♂』の親子です。他のヤギよりも小さなトカラヤギ系かなと思います。小さいといっても成獣では体重20~40kgなので犬でいうと大型犬、シベリアンハスキードーベルマンくらいにはなります。

まだ生後2ヵ月の『かんた♂』の頭突きはとても可愛らしいものでした。これが大きくなった時を想像してみます。ヤギとしては小型とはいえ、大きな角とドーベルマン級の図体で頭突きされたらカメラにヒビが入りそう。頭突きを喰らえるのは幼い間だけでしょう。

 

柵越しで人間もヤギも安心して触れ合える場所でした。

【日本三大美堰堤】長篠発電所の堰堤と取水路と戦い

日本を代表する3つの〇×△は一杯あるそうです。

日本三大一覧 - Wikipedia

有名どころでは三名城やお笑いBIG3、そんなのあるんだどころでは三大崩れや三大仇討ちなど。そんな中、土木学会が定めた『日本三大美堰堤(えんてい)』に選ばれているのが『秋田市の藤倉水源地』『』こちら愛知県新城市にある『長篠堰堤』です。


【日本三大美堰堤】長篠発電所の堰堤と取水路と戦い

昭和39(1964)年、河川法において高さ15m以上の構造物をダムと定義されました。基本的には大きければダム、小さければ堰堤です。ダムは貯水、堰堤は水位を上げるのが精一杯という違いはあれど、役割はどちらも川の水量を管理するものとなります。

河川法 - Wikipedia

 明治21(1888)年に宮城県仙台市の三居沢発電所で日本初の水力発電が始まりました。明治28(1895)年、ナイアガラ瀑布の落差を利用したナイアガラ水力発電所が建設されました。これが当時の水力発電業界で世界の最先端だったそうです。

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このナイアガラ水力発電所の構造や技術を学んだ今西卓によって、明治45(1912)年に日本で初めてナイアガラ式水車を用いた長篠発電所が建設されました。100年以上経った今なお現役で発電中。「新城のナイアガラ」というとちょっと大袈裟な感はあるものの雰囲気はそれっぽいです。

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天然の巨岩や崖が人工物が組み合わさって発電施設というだけでなく、景勝地にすらなっています。訪れたのが冬だったので人気は少なかったです。これが夏ならヒンヤリ涼めたり、秋なら紅葉が美しかったりするのでしょう。

先人の知恵と努力には敬服の念しかありません。

 

また、長篠といえば『長篠の戦い』が行われた場所でもあります。

ja.wikipedia.org天正3(1575)年に武田氏と織田・徳川氏が長篠・設楽原で激突しました。結果は武田氏の大敗。馬場信春内藤昌豊山県昌景ら有力な武将を失い、1万人以上の死傷者を出しました。信玄亡き後の武田氏の衰退を決定付けることとなりました。付近の設楽原も含めて多くの史跡や遺構(復元も含む)が見られます。 

【動物】ヤギにバナナをあげたいけどヤギに邪魔される

以前訪れた花桃の里ガーデンにて、ヤギがバナナを喜んでくれたので、またしても行ってきました。私はチョロい。

2頭のヤギは姉妹とのこと。どちらが姉かは分かりませんが『むぎちゃん』の食欲が半端ないことは確かです。過去の動画でも1本のバナナを2頭に分けようとしていたのに掻っ攫われてしまいました。今度は『ちいちゃん』にもあげるべく、バナナを1房持ち込みました。


【動物】ヤギにバナナをあげたいけどヤギに邪魔される

鞄からバナナを取り出すと『むぎちゃん』が目敏く近寄って来ます。ヤギの嗅覚はそれほど優れていないそう。それでも気付くのはやっぱり視覚のおかげでしょうか。

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人間の瞳孔は円形、対してヤギは細長い長方形をしています。これで地面の草を食べる時のような頭を下げた状態でも広い視野を確保しています。加えて、眼球を50度以上回転させられるため、顔が地面に対して垂直の状態でも瞳孔は水平の状態を保つことができます。つまり、下を向いても横が見えているのです。

見ての通り、目が顔の側面についています。人間の視野角約180度に対してヤギは320度以上と言われています。被捕食動物の多くは立体感よりも天敵の接近を素早く察知できる視野を持っています。

ただし、見えていることと見ていることは違うもので、飼育されているヤギは餌があったら餌しか見てない感はあります。天敵なんていないんで。

 

『むぎちゃん』は『ちいちゃん』を追い払ってでもバナナを独占しようとしていました。『ちいちゃん』が可哀想」と思ってしまうけれど、相手が家族であろうと自分の食を優先することは犬猫や鳥類など多くの動物でも見られる光景です。何なら人間の子供だって他の子のご飯を勝手に食べてしまうことも。人間の場合は注意するとしても、動物の場合は体の大きさが生存確率に直結します。他者を押しのけてでも生きようとする意志は尊重したいものです。

結果、私が『ちいちゃん』にバナナをあげたい意思も尊重してもらいました。私が『むぎちゃん』の気を引いている内に『ちいちゃん』にバナナをブン投げるという方法で。

姉妹で体の大きさが違う理由は分かったような気がします。あれだけガツガツ行ってたらそりゃあ差がつきます。飼育下で外敵はいなくとも競争相手はいるのです。いずれにせよ『ちいちゃん』も『むぎちゃん』も健康に過ごしてもらえたら。 

 

最後に温/泉/週/記さんにて浜松を中心にヤギのいる場所が記されています。こちらを参考にヤギ巡りなんてのも良いかも。

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